見るべきを見ない罪。

2011.8.14 主日礼拝 創世記4:1〜
 カインは祝福の流れの中に身を置いて、それを味わっているのに、いま弟と一緒に喜べない。何故か。一つ言えることは、彼が自分が与えられている恵みを省みていないからです。カインはいまここで自分が報われておるということに目が向いていない、そのことを省みていないんです。土の実りがあるからこそ、いま主に献げ物を持ってきたはずです。神様が自分の働きに豊かな実りをもって臨んでくださったじゃないか。そのことをカイン自身はいまここでは省みていない、省みることができないでいるのです。そして彼は言う、なぜ神様は自分の献げた物に目を留めてくださらないんだ、と言っているのです。それが彼のここでの姿です。
 「神様はなぜ自分に目を留めてくださらないんだ」、カインが言った。しかし、実際に目を留めていないのは、神様の方ではなく、カインの方です。カインこそが神様の与えてくださったものに目を留めていない、そこから目が離れてしまっている。そこが、この一連の出来事すべての根底にあるものかもしれません。それゆえに、カインは弟を嫉ましく思ったのだろうか。神様に怒ったのだろうか。目を留めるべきものに目を留めていないのは神様ではなく、カインの方でした。その時に、カインの命の輝きが、急速に曇りだすのです。問題の本質は、ここにこそあるのではないでしょうか。

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